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エピローグ ~ おまつり すんだ はらっぱに ~ [貧者のディズニーランド]

おまつりすんだ はらっぱに

かぜとあたしと あきがいる

だれかが おとした かざぐるま

ひろうと カラカラまわりだす


おまつりすんだ はらっぱに

ふえとタイコと あきのうた

いまでも きこえてくるようで

うしろをなんども ふりむいた


おまつりすんだ はらっぱに

ほしがもうじき おりてくる

なんだか だいじな たからもの

なくしたみたいで かなしいな


NHK「おかあさんといっしょ」で歴代おねえさんに

歌い継がれる秋の歌

「おまつりすんだ はらっぱに」です


「貧者のディズニーランド」こと、境港の

水木しげるロードの日帰り家族旅行と、その晩の

ニャアコの謎の行動があった日、

わたしにとっての短くて長かった秋が終わりました。

歌詞の内容とは全くニュアンスが違いますが、

9月の2度目の台風が去った後、どこからともなく

我が家の敷地に流れついた、右脚の折れた黒い猫

ニャアコとの日々は本当に おまつり そのものでした

この翌日からもニャアコはずっと我が家に居候を続けて

いますが、なんだかこの日は妙にこの歌がしっくりくる

ような寂しい気持ちになったものです。


ただ、この数ヵ月後には逆にこの寂しさを懐かしく思う

くらいの非現実的な喧騒の毎日が待ち構えているとは

知る由もありませんでしたとさ。

(おわり)

「貧者のディズニーランド」・完

次回から「平成23年・冬」になります、ずーっと読んで下さってる

皆様、本当にありがとうございます。



































貧者のディズニーランド(その10) [貧者のディズニーランド]

やはりというか、まさかというか、ニャアコは家に居なかった。

「あんにゃろう、どっから脱走しやがったんだ!」

よくよく調べてみると、今までチェックしてなかったガラス

割れ目がもう1箇所あった、ここから出たのか・・・

楽しい思い出も吹き飛ぶ脱力感だ。

帰りの車の中で既にウトウトしていた子供達は早々に布団

敷いて寝てしまい、妻も呆れて風呂に入ってすぐ寝てしまった。

私も12時前までは、いろいろ時間を潰しながらニャアコが帰って

来るのを待っていたが、次の日も5時半出勤なので諦めて寝る

事にした。


ニャアコよ・・・ワシらだってたまには、このウチを長く離れることも

ある、それがお前には耐え切れないのか・・・


モッズの往年の名曲「バラッドをお前に」の歌詞のような気持ちで

眠りについた。


気になって熟睡できてなかったせいか、寝ている最中に遠くで

猫の鳴き声を聞いたような気がした。

気のせいかな、今何時だ?

午前3時

確かに声が聞こえる、しゃあねえな連れて帰るか。

ケータイの明かりを頼りに外に出た。 あ、居た。

近づいてゆくとスタスタと歩いてゆく

逃げるような誘うような微妙な速度で、捕まえれそうで

捕まえられない。 「ニャアコ待て、このヤロー」

すると突然ニャアコは道の真ん中で悶えだした。

背中が痒いのか、留守中に変なものを食べたのかと心配

したが、どうやらそうではないらしい。


午前3時過ぎに月の光を浴びながら道の真ん中で悶えてる

前脚の折れた黒猫・・・怖い。

私が他人でこの場に遭遇したら、たとえ遠回りになっても

道を変えていただろう。


その場所はかつて、まだニャアコを[ハチ]と呼んでたノラ時代に

ウチに餌だけ食べに来てた頃、家の外に餌の入った皿を準備

してると私の姿を見つけてビッコをひきひき「ニャー」と

駆け寄ってくる姿があまりにもいとおしくて、思わず

リチャードギアの真似をして「HACHI!」と呼びながら抱擁した

場所だった。


その顔を見たくって俺はボロボロになる・・とまたしてもモッズの

歌詞のような気持ちで悶えるニャアコを抱き上げて家に入る

ことにした。


夜空には綺麗な月が浮かんでいる。


「ああ、秋が終わったんだな」

何がどうというわけではなかったが、そう思った。

ニャアコを抱き上げながら、確かに冬の足音を聞いた気がした。

(次回エピローグで ようやく「貧者のディズニーランド」終わります)





































貧者のディズニーランド(その9) [貧者のディズニーランド]

楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてゆくもので、

そろそろ帰る時間が近づいてきた、

長女が友達に土産を買って帰りたいと言った。

ただでさえ少ない友達から、いつも家族旅行に行った土産を

もらってばかりだったので、子供ながらに肩身の狭い思いや

寂しい気持ちだったのだろう。

給料日当日だったのと、収穫祭で各々頑張ったご褒美で、

自分の分と友達の分、欲しい物を選ばせた。

子供達はこの時とばかりにいろんな妖怪グッズをもってきた。

中には「こんなん要らんやろ」と言いたくなるような訳のわからん物

までドサクサに紛れて買わされたが、今日だけは無礼講で、

それもまたいい思い出になった。

妖怪神社にも商店街の中にも魅力的な土産は沢山あるが、

イチオシは駅から水木ロードに入った最初にある店、

「妖怪ショップ・ゲゲゲ」だ(そのまんま・・・)

ここのご主人は非常に器用かつ気さくな方で、手作り

土産用の妖怪フィギュアや蓄光の「ぬりかべストラップ」が

イイ感じでお勧めである。

店内に展示してある非売品のフィギュアの出来が良くて、

水木先生に「コレくれ!」と言われて「売り物じゃないから駄目です」

と、断ったという(笑)武勇伝の持ち主でもある(ご本人談)

奥さんもとてもいい方で、本当にこの町と観光客を愛してる

感じがした。


今や町おこしの成功例として紹介される境港だが、地元の方達と

水木先生の信頼関係は、町そのものを愛すべき水木ワールドに

変えてしまったのだ。


こうして家族全員がささやかな幸福感に包まれて「貧者のディズニー

ランド」、鬼太郎の町を後にした。


帰りにイオンで晩御飯を食べて、外に出るともう真っ暗だった。

翌日は全員、仕事と学校だったので、帰路を急ぐ。


「ニャアコ、ちゃんと留守番してるかなあ」

我が家へ辿り着いて玄関を開ける瞬間ドキドキである。

ガラガラガラッ

「ニャアコーただいまー!」

シ~ン・・・ヤな予感

「ニャアコ帰ったぞー」

シ~ン

「お~いニャアコー!」

・・・



ニャアコは居なかった。

(つづく)


















貧者のディズニーランド(その8) [貧者のディズニーランド]

別に狙ってたわけではなかったが、この日は給料日だった。

懐に余裕があると太っ腹になり、せっかく家族で来てるのだから、

と皆で「水木しげる記念館」に入った。

以前にも書いたがここは水木先生の功績を称える資料の他に

妙にリアルな妖怪の模型が展示されており、中には音声で解説付き

のものある。5年前は息子と長女は「べとべとさん」のブースが怖くて

速攻で通り過ぎてしまったのだが、さすがに今回は余裕綽綽だ。


ちなみに「水木しげる」はペンネームで本名は「武良 茂」だというのは

知ってる方も多いかもしれないが、「水木」というのは神戸市の兵庫区

にある、水木通りというところで「水木荘」というアパートを経営してた

時につけたと言われているのは結構知られていない。

そして私の実家は水木通りの近くなのだ(自慢)


家族で記念館を堪能し、今度は妖怪神社へ向かった。

ここは縁日のような雰囲気になっていて、射的などの店が出てたり

食べもの屋さんや土産屋さんがあったり写真撮影用に子供が入れる

くらいの鬼太郎の家の縮小版や実際に乗れる一反木綿の像が

あったりして飽きさせない。


休憩所の椅子に座って皆でカレーパンを食べてると、近くに夫婦らしい

感じの二人連れの方が座った。

犬を一緒に連れていた。もちろんその犬自体も可愛かったが、

これがまた可愛い服を着て何とサングラスまでしていて周囲の注目を

集めており、一緒に写真を撮ってる観光客の人たちもいた。


その様子を見ながら、ニャアコも一緒に旅行に行けたら楽しいのになあ

と思ったりした。

そういえば、ニャアコはちゃんと留守番してるだろうか・・・

(つづく)



















貧者のディズニーランド(その7) [貧者のディズニーランド]

つい、この間のニュースで 水木ロードの観光客の人数が

2千万人を突破した との話題があった。

最初の1千万人までは15年の歳月がかかったが

後半の1千万人には、その3分の1の 5年で到達したらしい。

もちろん一昨年の朝のドラマ「ゲゲゲの女房」の成功も大きく

貢献してるのだろう。

好みの問題はあるだろうが一般的に見てあのドラマは本当に

名作だったと思う。

漫画家として成功し、金持ちになってからの展開は多少の中だるみ

があったけど、配役、セリフ、音楽すべてが良かった。


実はワタクシ水木ロードには5年ぶりだったが、境港には前の年に

来ていた。

ドラマの終了1ヵ月後に境港の市役所の隣の建物で行われた

「ゲゲゲの女房トークショー」に応募し当選したのだ

ゲストは茂の父・イトツこと風間杜夫さん、プロデューサーだったか

制作統括の方(お名前忘れてしまった・・・)、そして脚本の

山本むつみさん。

3人とも実物を見るのは初めてだった

風間さんは「スチュワーデス物語」の頃から変わらず素敵な方で

ステージの上に立つと、やはり存在感が圧倒的だった。

ちなみに風間さんが演じたイトツは実際のお父さんそっくりだったと

何かのパーティの時に水木先生のご兄弟から絶賛されたそうだ。

山本むつみさんは、非常に可愛らしい感じの方で、脚本家という

よりも、今時の漫画家か声優さんみたいな雰囲気だった。


司会の方を交えて撮影時の裏話なんかを語ってくださったのだが、

一番印象に残ってるのが、山本さんがNHKの朝のドラマの脚本を

依頼されて、何を書こうかと思って何気に本屋さんに入った時、

引き寄せられるようにして目に止まったのが、後のフミちゃんのモデル

武良布枝さん作の「ゲゲゲの女房」で、気になってパラパラと読んだ瞬間、

「ああ、これだ!」と感じて買って帰って全部読んで、これをドラマにする

ことに決めたという話だった。


偶然、と言ってしまえばそれまでだが、もう十年以上も境港の人々が

鬼太郎と心中する覚悟で町おこしをしている姿を見ていると、これは

やはり境港市民の、水木先生に対するリスペクトが「見えんけどおる」

ものとなって、山本むつみさんというピッタリの素晴しい脚本家と引き

合わせたのだと確信している。


(すみません、まだもうちょっと つづく)
























貧者のディズニーランド(その6) [貧者のディズニーランド]

今にも停まってしまいそうなボロボロの車に家族5人を乗せて

運転すること約2時間半、ようやく境港に到着。

道中、妻や子供達とくだらない話をしながら 後何年こうして

家族全員で出かける機会があるだろうとふと考えたりした。

長女が中学生になるなんて、もっともっと先のことだと思って

いたのに、来年の春から学生服を着るなんて全く想像も

出来なかった。

こうやって皆 大きくなってゆくのだろう。


5年ぶりに訪れた水木ロード。ローカルニュース新聞

ちょっとずつ新しくなっていってるのは知っていたが、雰囲気自体は

全くかわっておらず、港からの潮風も懐かしかった。


平日なのでイベントなどはなかったが、イラストを忠実に再現した

妖怪のブロンズ像を、メジャーなものからマイナーなものまで1つ1つ

眺めたり写真を撮ったり、また土産物屋さんを覗いて回ってるだけでも

結構な時間になった。


ここで初めてデジカメが大活躍だ、収穫祭の時はイマイチだったが

近くのものを写すときには本当に綺麗に撮れた。

ただ、惜しむらくは数ヵ月後にブログを始めるなんて思ってなかったので

全部の写真に子供が写ってしまっていて、ここで紹介できるような

写真が1枚もないのだ。残念。


お!商店街で観光客と写真を撮ってる鬼太郎発見!

早速、子供達と一緒に写真を撮ってもらった。

あ!今度はブロンズ像のところに「本物の」ねずみ男が!

ここでも写真を撮ってもらったが、皮肉なことにこの日は猫娘だけが

逢えなかった。


やはり「ゲゲゲの女房」の影響か平日でも人が多かった

外国の観光客の方たちや恰幅のいいおじさま達が、等身大

(いや、もっとでかかったかな)の鬼太郎やねずみ男の像に

抱きついて写真を撮ってたり、本物の鬼太郎達と嬉しそうに握手してる

姿は微笑ましかった。


そこは本当に「見えんけどおる」ものたちの優しさに満ち溢れていた。

注) あくまでも個人の感想であり効果を保障するものではありません


(つづく)






































貧者のディズニーランド(その5) [貧者のディズニーランド]

「じゃあね、ニャアコ ちゃんと留守番しててよ」

「ニャー」

「ニャアコ、お外に出たら駄目よ」

「ニャアァ」

「ちゃんと留守番してたら後で美味いもん食べさせたるからな」

「ニャー」

「じゃあねーバイバーイ」

「ニャー」

「行ってきまーす」

「ニャァ」


11月某日、月曜日

久しぶりの日帰りでの家族旅行

行く先は鳥取県 境港「水木ロード」

まるで祝福してくれてるかのような晴天だった。


なぜ普通の月曜日に家族揃って出かけられるかといえば

土曜日に学校の行事があったから、その代休なのだ。

いつも不思議に思うが

週休2日制で土曜日に行事があったとしても

日曜日が休みだったら、わざわざ月曜日を代休にする

必要はないんじゃないだろうか

やはり学校にもいろいろ「大人の事情」があるんだろうか

まあそのおかげでこうして平日に家族全員で出かけることが

出来るんだから文句は言えないが・・・


何はともあれ晴れて良かった

ただ唯一の心配は ニャアコがちゃんと留守番をしてくれるか

どうかだった。

家族全員が朝から夜まで居ないというのは初めてだ、

一応いつもの脱出ルートは塞いでおいたが・・・

出発の寸前、玄関までやってきたが、もちろん見送りではない、

すきあらば自分も出る気満々だ。

う~ん大丈夫だろうか

若干の不安を残しつつドアを閉めた。

さあ、出発だ!

(つづく)

P1000510.JPG













貧者のディズニーランド(その3) [貧者のディズニーランド]

「ホラホラお父さん、あっちに猫娘がおるよ!」


てっきり見逃してた猫娘のブロンズ像を、帰る間際に

発見できて喜んでるのかと思っていた。

「ああホンマか最後に見れてよかったな・・・うわっ!?」

なんと娘が嬉しそうに指差した先、道路を挟んだ向かい側に

「本物」の猫娘が居た。


たとえば記念館の前とか商店街の中やら、土産物屋さんの

近くなんかで観光客とふれあってたり、祝日や日曜に鬼太郎や

仲間達と水木ロードを練り歩いてたり、というなら納得だが

そこは駅からも、水木ロードのメイン通りからもちょっと離れた、

比較的 普通の建物が並んでいる普通の場所だ、しかも

観光客はおろか現地の人も全くいない平日の真昼間である。


そして何故か猫娘は普通にベンチに座って足をブラブラさせていた。

まるで白昼夢を見ているようなシュールな光景だった。


せっかくだから写メ撮ってもらおうと、道路を横断しながら

猫娘に呼びかけた。

「おーい、猫娘ー、一緒に写真撮ってー」

(つづく)

P1000491.JPG

安藤広重さんの「東海道五十三次」に「妖怪」をかけた、

先生入魂の「妖怪道五十三次」のうちの「戸塚」です

水木マニアや広重ファンのみならず

昔、永谷園のお茶漬けや ふりかけについてたオマケの

「世界の名画」カードを集めてた世代には堪りませんね~

水木ロードのお土産としてだけでなく、画集として

一般の本屋さんでも扱ってるみたいなので、ぜひ一度

ご覧になってくださいませ。
















貧者のディズニーランド(その2) [貧者のディズニーランド]

水木ロードを訪れるのは、私は2度目、長女と息子は初めてだった。

5年前のこの日も確か10月で、文句のつけようのない爽やかな

秋晴れで道中の子供達のテンションも上がっていった。


隠れた名所とはいえ、5年前の平日の、さらに午前中では人影も

まばらで、名物の妖怪のブロンズ像を見ながら、ゆっくりと散策

できた。

一通りぶらっと見てまわっても、まだ時間があったので水木先生の

記念館に入ることにした。

入り口で大人1人、子供2人の入場料を払った途端、会社から

電話がかかてきた、毎度のお約束の展開だ。

それは常識では考えられないようなトラブルの報告だった。

距離的にも状況的にもすぐに帰れないと伝えたが、帰った後の事を

考えると頭が痛かった。正直、妖怪よりもタチの悪い会社なのだ。


記念館の中は水木先生の、これまでの偉業を称える貴重な資料が

たくさん展示されていたが、暗い室内に妖怪の模型なんかが

飾られてたりして子供たちは怖がっていた。


記念館も堪能し、土産も買ったし、ブロンズ像の写メも撮ったし、さあ

帰るかと車に向かいかけた時、娘が言った

「あ、あそこに猫娘がおる!」

(つづく)

貧者のディズニーランド(その1) [貧者のディズニーランド]

秋の収穫祭も無事に終わり、子供達3人それぞれが

一生懸命頑張ったご褒美に、家族で出かけることにした。

行く先は・・・

鳥取県は境港市、「水木しげるロード」である。

そう、この「水木ロード」こそが私が名付けた

「貧者のディズニーランド」なのだ。



あれは今から5年ほど前、

たまたま仕事が休みだった平日

長女と息子を連れて、同じようにその日も境港の

水木ロードへ出かけた。

長女は確か小学校2年生だったが、この時も何かの行事の

代休で学校が休みになってて息子は保育園を休ませ、1歳か

そこらだった次女だけ保育園に預けて、具合が悪くて寝ていた

妻を残し、3人で出発した。


「ゲゲゲの女房」が一大ブームとなり、各民放局が様々な便乗特集を

放送したおかげで、現在も沢山の観光客で賑わってる名所であるが、

実はこのドラマが放映される何年も前から、鳥取と言えば「砂丘」ではなく

「鬼太郎の水木ロード」であり、ゴールデンウィークには毎年、5万人もの

観光客が訪れる、隠れた名所なのであった。

(つづく)




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